看護師 求人が必要としているもの
霊長類学者のS氏は、ヒトの親指が大きいのは骨を砕くための石をしっかりともつためであり、その石を運搬するために直立二足歩行が進化したのではないかという説を唱えています。
初期ホモ属はいさましい狩猟者ではなく、サバンナをうろついて屍肉あさりをしていたのかもしれません。
肉食説に代わって近年注目されているのが、「イモ掘り説」とでも呼べるものです。
イモ類は地下茎に栄養を貯蔵し、サバンナに多く存在します。
肉と同じく、簡単には得ることができないが道具を使えば何とかなり、季節性に影響されない高栄養の食物といえます。
実際、サバンナに適応した霊長類であるヒヒは、植物の地下茎をよく利用しています。
現代の狩猟採集民はイモ類を採集するときに掘棒を使いますが、初期ホモ属は尖らせた剥片を使って木を削り、掘棒をつくっていたのかもしれません。
残念ながら木は石と違って何百万年も後まで残らないのですが。
霊長類学者のR氏らは、火を使った調理ということが、イモ類から効率よく栄養を得るために必要だったのではないかと考えています。
イモは生でも食べられますが、熱を加えると栄養価が増大します。
また、地下茎は有毒物を含む場合もあるのですが、加熱によってそれらが無毒化するという利点もあります。
実際、南アフリカやケニアにある一六〇万年前ごろの遺跡から火を使用した痕跡が見つかっており、初期ホモ属が火を使って調理をしていた可能性は充分あります。
R氏らによる栄養分析からの試算では、肉食の割合を増やすより、調理によって植物性食物の摂取効率を上げた方が摂取カロリーの増加が多くなることが分かっています。
「肉食説」対「イモ掘り説」の論争にはまだまだ決着がつきそうにありません。
今後さまざまな分野からの証拠を総合的に解釈していく必要かおるでしょう。
いずれにせよ、初期人類が適応しなければならなかったのは、サバンナにおける狩猟採集という生活でした。
その後世界のさまざまな環境に進出していきましたから、地方によって狩猟と採集のどちらが重要だったかということは異なりますが、少なくとも自然からの恵み、とくに採集によって獲得される植物性の食物に多くを頼っていたのは確かでしょう。
長いあいだ狩猟採集生活をしてきた人類は、約一万年前に農耕牧畜を始めます。
などと書くとそれまで狩猟採集にいそしんできた我らのご先祖様が、ある日を境にクワを于にして地面を耕し始めたようなイメージを抱くかもしれませんが、もちろんそんなことはありません。
おそらくかなりの時間をかけて段階的に植物の栽培や野生動物の家畜化を進めていったのでしょう。
狩猟採集というのはそこの土地にある資源を一方的に利用するだけですから、ある土地にずっと留まるということは基本的にありません。
しかし、資源がかなり豊富にあるところでは、ある程度土地に定着して生活することもあったようです。
そういう状況において野生の植物に少し手を加えてみるということが始まり、それが農耕につながっていったのではないかということも考えられています。
農耕牧畜がどのようにして開始されたのかということについて興味深いことはたくさんあるのですが、ここではその生態学的な意義について考えてみます。
農業の開始というのは、とりわけ新しい生態系をつくりだすことでもあったのです。
狩猟採集をしていた初期人類は、自然の生態系に組み込まれていました。
もちろん高い知能をもち複雑な道具を使うということから、他の動物に比べれば環境との接し方は洗練されていたことでしょう。
農業が始まる少し前くらいのホモーサピエンスは、道具や社会的な能力によっておそらく捕食者の犠牲になることもほとんどなく、また効率的に獲物を狩ることができたはずです。
食物連鎖の頂点に立っていたといえるでしょう。
しかし、自然にあるものを利用している限り、人類は生態系の物質循環のなかに留まっているしかありませんでした。
農業というのは、この自然の生態系を構成している要素から、人間にとって有用なものだけを取り出し、再構成することから始まりました。
サッカーでいえば、Jリーグの選手のなかからポジションごとに優秀な選手だけを集めて日本代表チームを作るようなものといえるかもしれません。
そして、そのあいだで物質やエネルギーの流れを再編成したわけです。
このような単純化された新たな生態系をつくることで、人類は自然の生態系からほんの少し独立した存在になったのです。
農業の発展にとって大きな要因となったのは、「人為淘汰」でした。
さまざまな遺伝的な特徴のばらつきのなかから、ある環境において他のものよりも効率よく遺伝子を次世代に伝えるような特徴が集団のなかに広まっていくというのが自然淘汰というメカニズムでした。
人為淘汰は、これを人工的に行うものです。
例えば野生の麦のなかには大きな実をつけるものとそうでないものがあることに、わたしたちのご先祖様は気づいたことでしょう。
その上、このようなばらつきが遺伝的なものであったとすると、大きな実をつけるものだけを選んで交配させてやれば、次世代の麦も大きな実をつけます。
このようにして、人類はもともとあった野生種のなかから、自分たちにとって有用な特徴をもったものだけを選び、新しい栽培種や家畜をつくりだすということをしてきたのです。
そもそも、自然淘汰を最初に提唱したチャールズーダーウインは、そのころイギリスで盛んに行われていたハトの選択交配から自然淘汰のメカニズムを思いついたといわれています。
農業は上地の収容力を高め、その結果人口が増加しました。
人口が集中すると、そこに社会組織が生まれます。
また、農作物は保存することができますから、財の蓄積がそれまでよりもはるかに大きな規模で可能になりました。
すべての人間が食物獲得に従事しなくてもいいわけですから、そこで社会的な分業というものが成立します。
また、家畜は食糧だけではなく、動力源や軍事力も提供してくれます。
これらを基盤として、文明が築かれるようになりました。
わたしたち日本人は現在高度な工業社会のもとで暮らしていますが、これも元をたどっていけば、農耕牧畜の起源というところに行き着くのです。
農業は効率のよい食糧生皮をもたらし、人類は少ない土地から高いエネルギーを得ることができるようになりました。
しかし、農業にはマイナスの面もあります。
少数の栽培種に頼ることによる栄養の偏りや飢饉の可能性、人口集中や家畜の飼育による伝染病の流行などが挙げられていますが、もっと大きなスケールでみると、人類史のなかでそれがあまりに急速な変化をもたらした、ということがまさに農業の問題点だったのかもしれません。
生物の進化は、何世代もかけてゆっくりと起こります。
環境への適応は、遺伝情報にばらつきが生じ、そのなかから環境のなかでより多くの遺伝子を次世代に残す特徴が受け継がれていくというメカニズムです。
ばらつきを生み出す突然変異はそう頻繁に起こるものではありませんから、ある身体の器官や行動が環境に適応したものになるには、かなりの世代を経過しなければなりません。
人間のように世代交代が遅い種ならなおさらです。
農業が始まってから、人類を取り巻く環境はかなり変わったわけですが、一万年という時間はわたしたちの特徴に何らかの大きな進化が起こるには短すぎます。
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